3月
10

例えばアートを買うとする。アートを買うということは、ほぼほぼ作者に対する投票行動であり、応援であり、次をお願いするような感じだ。
しかし普通アートは変われない。投資的な目的出会ったりとか、あまり本質的な理由じゃない買われ方をする。

しかも、なんだかとても非合理的なものに思える。アートを買うということは、どことなく僕の中では批判めいたものを感じる。
その価格は非合理的なもので、どうしてその価格になったのかは明らかに作者の一存で、その価値があるかどうかは虚像に見えるからだ。
単なるボッタクリだなんて言わないけれど、違和感を感じているような気がする。

しかしながら、どうしてそういう風に感じてしまうのか。そういう教育を受けてきたからという一言で片付けたくはない。

突き詰めていけばどのようなブランドであっても、結果的にはそのブランドに対する投票行動であって、そのブランドがつけた値段は虚像である。
例えばもちろん、ルイビトンのバッグは品質が良く、そもそも手間がかかっていて丁寧な仕事がされていることは間違えない。
しかしながら、それでもあの価格にはならない。合理的な値段ではないはずだ。合理的な値段は多分それの半分ぐらいだろう。

ブランドの宣伝広告費を含めれば全体の利益率としては合理的な範疇に収まるのだろうが、その宣伝広告は一般的な企業からすればとても合理的ではないものに見える。

でも売れている
ということは、買う人間は非合理的で愚かな人間であるということになるのだろうか。
ここを自問自答していると、どうやら僕はお金持ち、特に高いもので非合理的とお思われる値段をつけるものを購買しているそうに一定の愚かさを感じているようだ。

結局のところ、エモいという落合陽一に対してもそうだけど、その一定の合理性のなさに対して斜に構えて否定的な態度を取っているのだろう。なぜなら
なんだかわからないけどそこには行けない という悔しさがあるからだ。
また、自分の感性にかけるなんてできないという一種の自身のなさもあり、さらに誰かに教えを乞うているわけではないので、そういう不定形な、抽象的なものは
人脈で担保されるものだから(これ自体が斜に構えてる)その方向には行けないとも思っているのだろう。
また、そこには生まれ持った天才が行けるものでそうじゃない人が努力で巻き返すことはできない。そんなのずるい!みたいな子供みたいな感情もある気がする。

総じてまとめると、いまだに、試験の点数を取った人がえらいみたいな価値観から抜けかけてるけど、抜けきってないというところなのだろう。
ものの購買にフォーカスすると、浪費してはならないという考えから、安いと感じるものを買わなくてはならないという考えにつながり、そこから高いと感じる
ものを買う人を非合理的であると非難しているのだろう。
例えば10億のアートを買うときにも、安いと感じたから買いました。みたいな感じにこのまま行くとなるのだろう。ものすごいひねくれてる上に、それこそ非合理的存在だ。

何かの価値がお金の尺度に落としこまれる瞬間、その落とし込まれた結果の評価は高いか安いかどちらかということはないはずだ。もっと多様な、豊かな評価軸があるはずなのだ。
しかし文章を書いていて高い安い以外の表現がパッとかけない。それぐらい僕はお金の尺度上での感受性が貧相なのだ。

これでは繰り返しになるが、アートを買うときも安いと感じたから買うと言う理由になってしまう。
仕事を選ぶときには、給料は安いけど楽しいから みたいな、お金の部分はとりあえず切り離して考えるしか無くなる
美味しいものを食べたとき、高いものは美味しいなという貧相な感想になる
いい仕事をした人にいい給料を渡したとき、高いだけのことはあるねなんて失礼なことを言う羽目になる。

では、私は、また、そのような感性しか持ち合わせてない人はどのようにしてそのお金に対する感受性を養うのか。
何を皮切りに訓練を始めればいいのか。

いいものをたくさん見る と言うのが多分一番簡単で、一番安直だけどそれなりに効果がある方法なのではないか。
金銭的ではなく、人々の間に受け入れられているもの。多くの人が感情を動かされているものを多く見ることにより、
意識的でも打算的でもない無意識的なところから感じるものの共通項というか、それこそ何かを見つけることができるのかもしれない。
今僕は東京に住んでいる。東京は比較的お金が強い町だ。お金によって買えるものがたくさんあふれている。あらゆる物事がサービスとして提供されている。
ニューヨークとかもそうなのかもしれないけれど、東京みたいな大都市はあらゆる価値、あらゆる感性を金銭に変換する街なのかもしれない。

改めてもう一つ別の記事として書くと思うけど、僕は今、この金銭的価値の尺度を変えていきたいと思っている。
現状の消費行動としての金銭消費を、投票行動に昇華させる活動、仕事がしたいと思う。
その一番最初の活動として、アート作品の売買と徹底的に向き合ってみたいと思う。
そして最終的には、人の価値と金銭的関係に切り込んでいければと思う。

About the Author
B2Cで何かやりたいと思いつつも、迷走中。 ゴミとものの間を彷徨います。 

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