10月
14

最近、車をもらった。

今年(2018年)1月に免許を取り、カーシェアを使いながらなんだかんだ言って2000kmぐらいは乗っていると思う。車中泊の旅行をしてみたり、ちょっと近所のスシローに行ってみたり(駅近にはなかなかない)と結構楽しんだ。

ただそれも最近はわざわざ2、3千円払っていかないでもなあと思うようになり、だんだんと乗らなくなっていた。そんな時、車を捨てるけどいる?と言われた。

かなり迷った。都内に住んでいて車を持つのはちょっと意味がないというか、かなり贅沢なことだと思っているからだ。

都心から電車で1時間ぐらいのところに実家があり、年300日近く往復2時間ぐらいかけて都内に2年ほど通っていた。今は東京駅に電車で5分ぐらいのところにおかげさまで住めていて、すごく快適 とはなかなか言えないんだけれども、本当に都心に住んでいるなという感じがする。

実際生活してみると感じるのは、郊外に住んでも高い家賃を払って都心に住んでも結局生活コストはあまり変わらないんじゃないかなということだ。

僕の場合会社が交通費出してくれると行っても別に、確かに経費にはなるけれども自分の会社なのでまあコストになってしまうだけだ。なので通勤にかかる交通費も実質自分のコストだと思ってみている。

その前提を敷いて考えると、郊外に行けば行くほど家賃は安くなれど、結局交通費が結構かかってきてしまう。しかも郊外に行っても家賃は意外と下がらない。ワンルームで探してみると、どこまで行っても少しずつ広くなっていくだけでだいたい7万ぐらいはかかってしまう。もちろん、4万のところとかに行けば別だけれども、そうすると風呂トイレが共同だったり、そう言った条件がついてくる。まあそれも今思えばありだなと思わなくはないけれども、初一人暮らしの僕に当時その選択はできなかった。

で、話を戻すと結局郊外に住んだ場合、車を買うことになるだろうと思う。なので都心に住んで高い家賃を払うか、郊外にすんで安い家賃+車を買う このどっちか選択だなと思い、前者をとって今都心に住んでいるのだ。なので、その上で車を持つというのは僕にとってこの上ない贅沢というか、非合理的な、投資でもなんでもない消費行動になってしまう。そして消費行動につき維持費として駐車場3万以上と、保険もろもろで5万近くかけるんだったら、もうちょっといろいろな投資できるよなと思ってしまう。

しかも住んでいるところから徒歩3分圏内にカーシェアのステーションが3箇所、10分歩けば7、8箇所ある。そんなところで車を持つ意味は正直言ってないのではないかと思った。

 

ただ、まあこれを改めてこうして言葉にしてみると、なんだか車を買いたい人が家族を説得するための言い訳のように見えて仕方ないけれども、以下3つのことを実際どうなのか体験してみたくなって、とりあえず来年分の税金がかかってくる3月末まで持ってみることにした。

1つ目 行動範囲が広がる

これは免許取るかどうかって時に散々いろんな人に言われて取ることにしたので、それを改めて実感できればなと思っている。もちろんこれはカーシェアで実感できるでしょという話なんだけれども、もう一つ僕が勝手に定期券効果と呼んでるものがあって、それと相まってどうかみてみたいと思っている。

定期券効果は、定期券内だとそうじゃなかった時全く行かなかったところにすごく行ってしまう現象だ。仮にそれが初乗り運賃150円とか数百円だったとしてもお金がかかるというだけで行かなくなってしまう。それが定期券みたいに一括でもう払ってしまっていると、よく行くようになるという現象。

カーシェアで都度借りた方が総額的には安いかもしれない。ただ、仮にそうだったとしてもじゃあ2500円払ってくら寿司に行くかというと、行かないだろう。そういうことで、今回車を持ってしまっているという前提を作ることでどの程度行動範囲が広がるのかをみてみたいと思う。

 

2つ目 車前提の生活を体験してみる

今は都心に住んでいるけれども、例えば奥多摩とか、多摩、生田、と行った車がないとあれだけどあればまあいいかなという場所、電車に縛られない場所に住んでみたいという気持ちがある。じゃあ、車前提だとどうなるのかというのをちょっと体験してみたい。これに関しては体験できるのかどうかはわからないけど、例えばikeaに行ってみるとか、郊外のホームセンターに行ってみるとか、そう行ったことをやってみたいと思っている。

ちなみに、以前カーシェアを使って1週間、移動を全て車で仕事をしてみるということをやってみたけど、これは僕の場合もう二度とやりたくないというのが正直なところ。少なくとも今の仕事の内容からするとちょっとこれはないなと思ってしまった。

一番はまあこれは慣れれば大したことないのかもしれないけれども、狙った時間に到着することがすごく難しい。かなり早めに出た場合でも1週間で2回間に合わないことがあった。この間に合わなかった時の運転ほどストレスが溜まるものはなかった。もう二度としたくない。
ふと思ったのだけれども、もしかして日本の時間きっちり文化は電車前提の生活があるからこそなのではないかと思った。車社会、アメリカとかそこまでいかないでもドイツとか車前提で生活しているところでは、日本みたいにきっちり何時何分みたいな決めてアポ取るの難しいのではないかと思った。ただそうすると、例えば日本でも車前提のところはたくさんある。そういったところはどうなんだろう。アメリカでも電車前提の都市はいっぱいある。そういったところはどうなんだろう。時間のタイトさに対する文化は移動の文化からくるんじゃないかとちょっと思った。

次に駐車場代の問題。これは日本特有なのか海外もそうなのかわからないけれども、ちょっと高すぎる。一回打ち合わせしてなんや感やして戻ってくると2千円ぐらい取られる。1日平均で3500円ぐらい駐車場代がかかってしまった。このコストのせいでタクシー乗った方が安いのではという状況が生まれてくる。実際移動距離を考えるとタクシーの方が安かったと思う。やんなっちゃう。これが海外だと無料がほとんどなのかなあと思いながらコインパーキングに止めていた。その辺りの事情も一度海外で運転して知りたい。

次に高速代。下道でいけばいいじゃんという話なのだけれども、時間を考えてなんだかんだで使ってしまう。横浜とか、千葉とか行くとなると確実に使う。そうするとあっという間に2000円以上かかってくる。これじゃあグリーン車乗って作業しながら移動した方が良かったんじゃ。。。と思えてしまう。

というわけでつまり、僕の仕事で車移動というのはちょっと合わないみたいだった。

もうその時点で半分以上車持つ意味ないよねという話なんだけれども、まあもちろんこれが全国展開というか、車があることによって全国津々浦々どこでも会いに行けるよねという感覚になってきたら、何かが変わってくるのかもしれない。それにしても、レンタカーの方がいいかもしれないけれども

で、話を戻すと、じゃあ生活だとどうなんだろうという話。生活だけでなく、例えば気軽に旅行に行けるようになるとか、そういったところで車があるという前提が敷かれた時、どういった自由さがあるのかを体感してみたいと思っている。

 

3つ目 いろんな生活を見てみる

いろんな生活を見てみたいと思っている。住んでいる人からすれば迷惑な話かもしれないけれども、結構色々な住宅街じゃないにしても、色々な街に行ってそこで生活したらどうなるんだろうというのを思いながらみて回るのが好きだ。

例えば機能は八王子に行ってみた。駅近辺は行ったことがあったけれども、流石にそこからわざわざ路線バスに乗って街の様子を見に行ったりはしない。そう行ったところで車で行って、地元のスーパーであったりとか、雑貨屋、ショッピングモールとかに行ってみてどういう生活かを想像しながら歩いて回るのが結構好きだ。

生活感をみに行くという書き方をするとなんだか上から目線で、ちょっと申し訳ない気持ちいなるのだけれども、僕としてはすごく羨ましい気持ちで見ている。僕は多分、生活感を纏うことができない。生活という、日々過ごしていければそれでいいという気持ちになることは僕にとってとても難しいことだ。

何か、慌ててやることもない。仕事があって、仕事が終わったらその時間は仕事とは全く関係のない時間が流れていく、特に意味を持たせる必要もない時間であふれている日々。ただそこにいるだけで、何かすごく感情的動きがあるわけでなくとも、それでいいと思える日々。安定いしていて、個人としてのバーンレートなんて考える必要がない。

それは僕には、今、想像できない。

ああ、意味なんてなくていいんだと、感じられはする。高校の時は全ての行動に意味を持たせようと躍起になっていたけれども、意味なんてない。意味なんて追求してはいけない部分があるということを最近は受け入れられている。でも、生活は、どうもきつい。そういう時間を過ごす旅にジリジリとした焦燥感に襲われて落ち着いていられなくなる。この人とただ一緒に居られればいいなんて、いつ思うことができるようになるんだろう。

そんな生活の片鱗を、見に行きたいと思っている。

 

そんなこんなで、とりあえずお金かかるなあと早速思っているけれども、3月は車を持ってみようと思います。ほとんど乗らないで終わっちゃうかもしれない。けれど、まあいい経験かなと思ってます。

 

2018年10月14日 16:41-18:32 ベローチェ新宿御苑前店にて

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B2Cで何かやりたいと思いつつも、迷走中。 ゴミとものの間を彷徨います。 

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